猛暑直撃に備えよ〜倉庫現場の暑熱リスク管理は経営課題だ
日本の夏は年々過酷さを増しており、物流現場における「酷暑対策」は今や喫緊の課題です。特に倉庫内作業は、空調の効きづらい密閉空間での作業となり、熱中症や体調不良のリスクが高まりやすい環境にあります。
加えて、作業者の高齢化や人手不足が深刻化するなかで、働きやすい職場環境づくりは人材の定着と確保に直結する要素となっています。つまり、暑さ対策は作業者の命と健康を守るのはもちろん、作業効率の維持、生産性の向上、さらには事業継続にも関わる重要な経営課題となっているのです。
なぜ暑さ対策が「経営課題」になるのか
厚生労働省がまとめた「令和6年度の職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の数は、2024年に1,195 人となっています。このうち死亡者数は30人。2021年以降死傷者数は右肩上がりで増加しており、やはり私たちが体感している「夏の異常な暑さ」と無関係ではないようです。
業種別の2024年の死亡者数は、建設業の8人が最多、運送業と製造業が6人ずつと続きます。2020年から2024年までの統計で見ても、熱中症による業種別死傷者数は、建設業20%、製造業19%、運送業14%の割合で、業界としての対策が必要なのは明らかです。また、2020年以降の月別の熱中症の死傷者数をみると、全体の約8割が7月と8月に発生しており、まさにこれからが暑さ対策の本番です。
事故が起きれば、作業中断や労災認定の対応などで事業活動にも大きな影響を与えることは当然です。ただ、それ以上に、それが自分や職場の仲間に起こったら、自分の家族や仲間の家族はこれからどうするのかなど、いつ誰に降りかかってもおかしくないリスクであることを再認識することが重要です。
厚労省のまとめには、死亡事例の生々しい状況も報告されています。それを見ると、もしかしてあの時、もう少しタイミングが悪かったらなど、これまでの経験に照らし合わせてゾッとするようなものもあるのではないでしょうか。いずれも日常作業のありふれた場面での事故事例だけに、当たり前の作業だからといって暑熱リスクを軽視してはいけないことがわかります。
倉庫業務における暑熱対策は、「経営リスクの抑制策」であり「サステナブルな職場環境構築」として、想定外の事態となる前に、現場課題解決に着手しておかなくてはなりません。
コストと効果のバランス考えた「現実的な対策」を今すぐ
とはいえ、大規模な冷房設備の整備には莫大な初期投資とランニングコストがかかります。賃貸での倉庫利用ともなれば、状況に応じた運用変更に柔軟に対応できるかも暑熱対策選定の重要な決め手です。とくにエネルギーコストの高騰や、CO2排出削減への圧力が高まる中、倉庫運営企業には、費用対効果と環境配慮を両立した現実的な対策も必要です。
では、具体的に物流現場では、どのようなソリューション提案が進められているのでしょうか。
施設天井に設置する巨大な扇風機のような「大型シーリングファン」は、代表的な対策ツールの1つです。倉庫内の空気を効率よく循環させることで、体感温度を下げる機能は、たかが送風のみとは侮れない冷却効果があります。比較的広い範囲に効果があり、導入コストや電力効率にも優れ、環境負荷も小さいツールです。
作業ロケーションなどの見直しが頻繁な現場や、施設の構造上熱がこもりやすいエリア、作業者が集中するエリアへの効果を考えるなら、「スポットクーラー」や「ミスト送風機」なども、無駄な電力を使わず、効果的な温度調整が可能で、天井据付の大型ファンよりも柔軟な利用場所の変更にも対応します。
ファン付きの「空調服」は、街中でも見かけるほど、軽量小型化や駆動音、稼働時間の改良など進化が著しいツールです。素材の進化に伴って着用型の冷却ウェア市場も活況で、野外建築現場や造船などの特に厳しい環境に対応する「水冷式」ウェアなどが、やがて物流現場で必要になるのかもしれません。
また、体温・脈拍などの生体情報を取得するウェアラブル機器や体温測定ツールも、作業者の安全管理に有効なソリューションです。 コロナ禍ではあちらこちらの入場口で体温測定器が活躍しただけに、暑熱リスク対策での運用効果も想像できます。異常があれば管理者に即時通知されるシステムなどは、管理者の業務効率化にも貢献します。
何よりもまず、日ごろから水分補給や塩分補給を心がける、十分な休憩をとるなど、日常生活での個人の心がけも疎かにできません。一方通行になりがちな注意喚起の貼り紙だけではなく、それぞれの現場にあった安全指導を検証することも、不測の事態を防ぐための有効な一手です。
熱中症対策の根幹は「風通しの良い」職場作り
厚生労働省は、熱中症関連の労働災害への対応として、2025年6月1日より熱中症対策を罰則付きで事業者の義務とする改正省令を公布しました。
「WBGT(暑さ指数)28度以上又は気温31度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間以上の実施」が見込まれる作業を対象として、その事業主には熱中症対策を講じることが求められます。講ずるべき熱中症対策としては、「(1)熱中症の自覚症状や疑いのある人がいた場合、報告するための連絡先や担当者を事業所ごとに定める(2)作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の処置や診察など症状の悪化防止に必要な内容や手順を事業所ごとに定める(3)対策の内容を労働者に周知する」ことが定められました。これらの対策を怠った事業者には、6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があるだけに、こうした体制に向けた意思統一から、暑熱対策を一歩先に進めることもできるはずです。
熱中症対策義務化に求められる内容を見ると、どれも日常のリスク管理の延長線上にあるものばかり。むしろ、それが機能するような日常のコミュニケーションや信頼関係こそが大切だともいえます。ちょっとした油断が生命の危機につながるということを常に意識し、異変をすぐ相談、感知できるような、まさに「風通しの良い」職場環境づくりこそが、最優先事項ではないでしょうか。