運送業界の脱炭素、今できることから始めよう
~社会変化と技術の進展が促す、次の一歩
地球温暖化の進行とともに、「脱炭素」はもはや一部の意識高い企業の取り組みではなく、社会全体にとって避けて通れないテーマとなっています。パリ協定をはじめとする国際的な枠組みにおいては、世界各国が2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)の実現を目指しており、日本でもそれに沿った施策を加速させなくてはいけません。国全体としては2030年までに温室効果ガス排出を2013年度比で46%削減するという中間目標も掲げられ、製造、エネルギー、建設といった主要産業での取り組みが進んでいます。
なかでも運送業界は、経済を支える重要なインフラでありながら、化石燃料使用に依存する産業でもあり、「変わらなければならない」現実と、「変えるには難しい」現実があるのも事実です。運送車両からの炭素排出は、日々の業務そのものに直結しており、脱炭素はすなわち、物流のあり方そのものの見直しを意味します。
カーボンニュートラル車両の普及牽引するEVとFCV
脱炭素のためには、これまで当たり前だった運送の仕組みを変革しなくてはなりません。代表的なのは、EV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)といった環境対応車両の導入です。
大手の主要配送事業者は、2030年ごろまでに保有車両を順次EV化するという取り組みを進めており、街中でもEV配送車両を見かけることが多くなりました。とはいえ、内燃機関車両に比べてまだまだ高価で、運用も小口配送などに限られています。車両の大型化、長距離運用に対応するにはバッテリー技術のさらなる革新も不可欠で、急速充電インフラもさらに充実させなくてはなりません。
現時点でもっともポピュラーな脱炭素車両であるEVに比べて、より長い航続距離で幹線輸送にも対応するFCVの研究も進んでいます。水素を燃料とするFCVは、EV同様に走行時の炭素排出はゼロで、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」を使用すれば、脱炭素効果はさらに高まります。大手自動車メーカーも開発に携わり、すでに乗用では市販もされているだけに、FC大型トラックの量産自体は、技術的には遠い未来の話ではなくなっています。ただし、EV以上に高価な車両価格や水素製造や輸送にかかるコスト、水素ステーションの建設コストも高額なことが、普及に向けた課題となりそうです。
多様な次世代燃料、その現状と課題
EV、FCV以外にも、多様な次世代燃料活用による脱炭素研究が進められています。その主な動向をまとめてみましょう。
■ CNG・LNG(圧縮/液化天然ガス)
圧縮天然ガス(CNG)は比較的低コストで導入可能で、都市部の利用に適しており、バスなどの利用や市販トラックも登場しています。CNGより脱炭素効率が高く長距離輸送にも適した液化天然ガス(LNG)は船舶で活用されており、大型トラックの運用へと拡大しています。ただ、あくまでも化石燃料であることから、カーボンニュートラルへの移行までの過渡期燃料として位置付けられることが多い状況です。
■ バイオ燃料(FAME・HVO)
植物油や動物脂肪を原料にしたバイオディーゼル燃料のFAMEやHVOも脱炭素効果の高い燃料です。FAMEは低コストでの導入が可能、HVOは既存ディーゼルエンジンで使用可能というメリットがあります。欧州では導入が拡大していますが、日本では実証から一部運用という段階で供給体制が整っておらず、価格や安定供給が普及の鍵となります。
■ バイオエタノール
サトウキビやトウモロコシなどから製造されるカーボンニュートラル燃料ですが、日本での現状はガソリンとの混合燃料として利用されている段階です。原料も輸入に頼っており、農地利用との競合や自動車メーカーの対応も含め、普及には政策の後押しも必要かもしれません。
■ バイオメタン/バイオLNG
廃棄物や有機物(食品廃棄物、農業廃棄物、下水汚泥など)から生成されるバイオガスは欧米で活用が広がり、商業化も進んでいます。バイオガスを液化したバイオLNGは、既存のLNGインフラを活用して供給することができ、特に長距離輸送のLNG代替燃料として期待されています。ただ、その原料の特性から生成量や地域偏在が普及の壁となっており、船舶での運用や、自治体や農村部での循環型エネルギーとして実証が続けられています。
■ e-fuel(合成燃料)
CO2を回収して再生可能エネルギー由来の水素と合成した液体燃料e-fuelも、ネットゼロのクリーンエネルギーとなり得る燃料です。大手エネルギー事業者が研究を重ねていますが、製造段階に多くのエネルギーを要し、大規模な生産体制を構築することが求められるため、実用化は中長期的課題といえます。
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このように、次世代燃料の導入には、車両技術、インフラ、コストという三要素のバランスが重要です。用途や地域に応じた最適な戦略が不可欠で、広く普及するまでは時間を要する状況です。ただ、世界に目を転じると各国ごとの戦略、後押しなどで導入が進められる動向もうかがえます。こうした次世代燃料が世界標準となれば、大きなビジネスチャンスとなることは確実。日本経済の成長戦略として多様な関係者による大きな市場をターゲットとした検証を深めていく体制は整えておかなければならないことは確かです。
「中小には無理」は本当か? 実現可能な脱炭素の道
大手企業においては、炭素排出量把握に向けてScope3(自社の事業活動以外で排出される温室効果ガス)への対応など、これまで以上に難度の高い作業が求められています。サプライチェーン全体の排出量可視化も、近年ではクラウド型ツールや排出量算定支援サービスが登場しており、国内の多様なソリューションベンダーが企業間でのデータ連携を支援し、持続可能な物流運用の基盤となりつつあります。
しかし、その一方でこうした取り組みは、まだ一部の大手や先進企業に限られているのが現状です。特に、日本の運送業の大半を占める中小零細事業者にとっては、EV車両の導入でさえ、現実的な選択肢とは言い難い側面があります。車両コストや充電設備、運行ルートとの適合性といった課題は、中小はもちろん大企業でさえ単独で乗り越えられるものではありません。
では、中小企業は脱炭素に取り組まなくてもよいのでしょうか。答えは明確に「否」です。むしろ、取り組み方を選び直すことで、中小こそが評価され、持続可能な経営につながる可能性があります。
例えば、燃料使用量やアイドリング時間の記録、配送ルートの最適化、エコドライブの徹底など、日常の運行管理から始められる取り組みは数多く存在します。こうした改善は、燃費向上やコスト削減という実益と排出量削減を両立します。また、荷主企業や元請けとの協議を通じて、共同配送や納品時間の調整といった運用の見直しも、今こそ協力して推進するチャンスでもあります。
国も商用車の電動化促進事業でEVやプラグインハイブリッド車導入を支援しています。運行管理の高度化に対する支援、IT導入補助金なども、業務の効率化に活用可能です。中小こそ、まずは日々の業務改善を積み上げることで、持続可能な経営と社会的評価を両立すること、さらにその先の取り組み姿勢を示すことが求められています。
脱炭素への取り組みは“未来に責任を持つ経営”
EVの普及においては短時間充電やバッテリーの換装、走行中に給電可能とするような技術革新にも期待が寄せられます。大手エネルギー企業が主導する次世代燃料の供給体制構築も始まっており、技術選択の幅は確実に広がっていきます。
将来的には中小企業にとっても、制度や技術の進展を柔軟に活用しながら、自社にとって無理のない「一歩」を踏み出すことができるかもしれません。
それまで忘れてはならないのが、共同配送や積載率の向上、モーダルシフトといった「輸送の効率化」こそが、もっとも地に足のついた脱炭素対応だという点です。走行距離を短くする、運行車両を集約する、待機時間を削減する―そうした日常業務の見直しが、結果として大きなCO2削減につながります。
企業規模や地域によって取り組める範囲に違いはありますが、「自社には何ができるか」を問い続け、できる範囲から確実に取り組むことが、持続可能な物流を支える第一歩となります。脱炭素とは、“環境にやさしい経営”を超えた、“未来に責任ある経営”そのものなのです。