運行管理の高度化が迫る現場変革
~業務前自動点呼の運用、さらにその先へ
2024年問題に直面した貨物運送業界は、かつてない変革期を迎えています。
ドライバーの労働時間の規制強化により輸送力が不足し、労務管理は難易度を増しています。また、行政処分の基準が見直されたことで、違反に対する罰則も強化の一途をたどっています。さらに、トラック運送事業の許可を一定期間ごとに見直す「許可更新制度」の導入が検討されており、事業継続のハードルは今後さらに高まる見込みです。こうした制度的な環境変化は、運送事業者にとって大きな負担であることは否めません。
これら、トラック運送業への“逆風”とされる制度変更とは反対に、“追い風”となるような見直しも急ピッチで進められてきました。荷主と運送事業者の取引環境を改善する動きとして、5月に可決・成立した改正下請法は、荷主側の責任をより明確にして、運送現場の待遇改善や取引適正化を促すものです。国土交通省「トラック・物流Gメン」の権限も強化され、不適切な運送指示の排除や、コスト転嫁と運送料金の見直しなどドライバーの労働環境改善につながる可能性も出てきました。
運行管理の高度化で、政府も運送業務の効率化を後押し
「運行管理の高度化」も、そうした“追い風”であり、現場の業務負荷を軽減し、運送事業の持続可能性を高める手段として位置付けられます。
政府は、ドライバーだけではなく運行管理者が不足する現状を踏まえ、2020年よりICT(情報通信)技術を活用した運行管理運用の可能性を検証してきました。ICT技術やデジタル機器の進歩を背景として、対面点呼同様の運行管理、安全指導ができるよう、「運行管理の高度化」が急ピッチで進められています。
点呼制度の見直しでは、2022年から遠隔点呼、業務後自動点呼の運用がスタート、現場の実情に合わせた運用の変更などを経て、今年から新たに本格運用が始まったのが「業務前自動点呼」です。※参考:「国土交通省告示第347号(令和7年4月30日)」
これまで点呼といえば、対面やITを通じて運行管理者がひとりひとりのドライバーの体調や免許証を確認するという属人的な作業でした。運行管理業務は運送事業の中でも「安全」「運行指示」を司る最も重要な業務のひとつだけに、運行管理者不足が業務遂行のボトルネックとなっていました。業務前と業務後を合わせた自動点呼を運用することで、点呼執行者の省人化や早朝・深夜運行の柔軟化が期待されます。
「業務前自動点呼」、運送事業者にはどんなメリットがあるのか
自動点呼ではカメラやセンサー、免許証、ICカードによる運転手本人確認やアルコールチェックをシステムが担い、記録はすべて自動で保存されます。緊急時にすぐ対応できる体制を整えることで、運行管理者が常時立ち会う必要なく点呼運用が実現します。業務前自動点呼に対応する機器では、健康状態の確認や車両点検結果の確認、安全確保に必要な指示や、乗務可否の判断も、自動点呼機器が行い、夜間や早朝など従来は点呼執行者の確保が難しかった時間帯でも、安定して運行をスタートさせることが可能となります。また、複数拠点を持つ企業にとっては、点呼業務の標準化と遠隔一元管理を実現できるなど、生産性の向上と安全性の維持を両立する手段となります。
点呼業務の効率化・省人化、コスト削減だけではなく、機器を通すことで点呼ミスが防止できることや、厳格な管理となることも大きなメリットです。自動化によって安全性や信頼性が損なわれることのないよう、運用においてはさらなる法令遵守の姿勢が問われ、コンプライアンス意識の高い運送事業者として企業価値を高めることにもつながります。
業務後自動点呼が先行して、業務前自動点呼の本格運用に時間を要したのは、それだけ安全確保や点呼の確実性に慎重を期したから。先行実施などの検証を経て点呼の運用が柔軟に見直されたからこそ、それを運用する事業者側には、より厳格な姿勢で安全運転を心がけることが求められます。
運送事業者の二極化招く、運行管理高度化への対応力
自動点呼の導入メリットは確かに大きいものの、安全と確実性の確保に向けた必要機器の導入が前提であり、設備投資、システム整備が不可欠となります。アルコール検知器や血圧計、顔認証カメラ、点呼データの管理ソフトウェアなど、導入にかかるコストは小さくありません。特に、中小企業がほとんどを占める運送業界にとっては、大きな負担を伴います。加えて、社内での適切な運用に向けた、ルールづくりやドライバー教育など、デジタル機器を使いこなすための対応力、制度の理解力も問われます。つまり、単に装置を導入するだけでは不十分で、会社としてのDX(デジタルトランスフォーメーション)に本格的に踏み出せるかどうか、安全への積極的な取り組み姿勢が成否を分けるポイントになります。
さらに運行管理においては、これまで資本関係のある事業者間でしか運用できなかった遠隔点呼が、資本関係のない別会社との間で運用することも可能となりました。点呼を含む運行管理業務そのものを外部に委託する動きへとつながる変更で、運送事業にとっての“中枢業務”を他社が担うという運用も想定されます。これまで自社の管理者が行ってきた安全管理を他社に委ねることとなれば、運送事業のあり方そのものが変化する可能性をはらんでいます。この流れは、単なる省力化や効率化の範疇を超え、業界全体の構造を再編しかねないインパクトを持ちます。
こうした観点でみると、運行管理の高度化は、運送事業者の業務効率化の強力な後押しとなるだけではなく、ICT技術やDXによる安全・運行管理に取り組める事業者と、取り組めない事業者を選別する契機にもなることが予想されます。自動点呼を運用できる事業者は、労務管理や最適ルート自動化などと連携して、より進化した運送事業者へと移行することができます。一方、運行管理の高度化に対応できない事業者にとっては、ますます難易度が高まる各種管理業務をどう維持していくのか、事業のあり方自体を見直すことが必要となるでしょう。情報感度の高い事業者が先行して高度化を進める一方で、対応が後手に回れば市場からの退出を余儀なくされるリスクもあります。すでに「運行管理の質」が事業継続の前提となりつつある今、自社の現状と方向性を冷静に見極め、どう制度変更に向き合うべきかを明確にする必要があります。
業務前自動点呼の本格運用は、その第一歩に過ぎません。これからの運送事業に求められるのは、安全への取り組みを強化しつつ、社会構造の変化に対応できる効率化と、働きやすさのバランスをどう保つかという総合的な視点です。運行管理の高度化に本気で取り組む企業と、変化に背を向ける企業とでは、その先に見える景色が大きく異なるはず。運行管理高度化の意義と内容を理解することが、事業の未来を左右するといえるでしょう。